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金沢地方裁判所 昭和41年(モ)323号 判決 1966年9月10日

債権者 三共食品工業株式会社

債務者 八日市屋一雄 外一名

主文

一、当裁判所が当庁昭和四一年(ヨ)第一〇六号不動産処分禁止仮処分申請事件につき同年五月二三日なした仮処分決定を認可する。

一、訴訟費用は債務者らの負担とする。

事実

当事者双方の申立と主張事実ならびに疎明関係は別紙記載のとおりである。

理由

一、債権者主張の仮処分申請理由第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、よつて以下本件交換契約締結の事情について判断するに、成立に争いのない疎甲第二号証、証人山下幸男の証言によつて成立を認める疎甲第五号証、原本の存在および成立について争いのない疎乙第一、第三号証、証人山下幸男、同岡田康克、同本田昭の各証言ならびに債権者代表者山下三次郎、債務者八日市屋一雄各尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。

即ち、本件交換契約は、債務者一雄より金沢市彦三町内にガソリンスタンド設置用地の購入依頼を受けた不動産業者岡田康克とその従業員本田昭とが仲介人となつて当事者間に締結されたものであるが、右契約の昭和四〇年一二月から翌年一月にかけての交渉過程において、債権者側が所有土地の売価を五、〇〇〇ないし六、〇〇〇万円と主張したのに対し、債務者側ではスタンド用地購入費を三、〇〇〇万円程度に留めるため債務者ら所有地を約二、三〇〇万円と評価し、プラス三、〇〇〇万円の交換差額金を支払うことによつて双方の所有地を交換するよう申入れたところ、債権者においては債務者ら所有地を一、三〇〇万円と評価していたため交渉が難行した際、岡田および本田より「二重契約書の作成および裏金の使用によつて真実の交換差額金を税務署に隠し過少申告をすることによつて債権者にかかる譲渡所得税の軽減を計りその分だけ交換差額金を時価より安くしたらどうか。」との話が出たため、債権者においても右の方法によつて債権者側の希望する時価で交換したのと同程度の実質利益が得られるならばそれでよいということで交換差額金を三、五〇〇万円としたが債務者らが難色を示したため結局交渉はまとまらず物別れとなり、その後同年三月一〇日に至つて債権者より岡田に対し「他物件購入のため資金を要するので再度交渉したい。」旨申入れたことから、同月一六日当事者双方協議の上、債務者らにおいてできる限り債権者の要求する額に応じた裏金をもつて交換差額金を支払うことを条件として、交換差額金を前回交渉における双方主張額の中間である三、二五〇万円と定め双方所有地を交換することに決まり、その旨の交換契約書(前掲乙第一号証の原本)と裏金使用の誓約書(同第三号証の原本)を作成した。本件交換契約は右のような経過によつて締結されたものである。

その後、登記手続および差額金支払履行日と定められていた同年四月二〇日に至り、債務者一雄において手持金、匿名預金払戻金等税務署に資金源を追及される虞の少い現金一、四〇〇万円を裏金として準備し他に銀行保証小切手一、三五〇万円、合計二、七五〇万円(差額金三、二五〇万円中当事者間に争いのない既払の手付金五〇〇万円を内金に充当した残額)を履行場所に持参したところ、債権者において裏金として二、〇〇〇万円を要求しこれに応じなければ債権者側の実質利益が時価売買をしたときより少くなるから契約を破棄するとの強硬態度に出たため、債務者一雄は右申出を諒承し保証小切手中六〇〇万円を現金化しこれについても裏金操作をすることを約して交換差額金を二、五〇〇万円と記入した契約書(前掲甲第二号証)を作成し、当事者間に争いのない債権者所有物件についての所有権移転登記手続を了した。

以上の事実を認めることができ、前掲各証言ならびに各本人尋問結果中右認定に反する部分はいずれも措信できない。

三、以上の事実によれば、本件交換契約は当事者共謀の上二重契約書を作成し裏金を使用することによつて譲渡所得税の賦課を免れるという所得税法違反(同法第二三八条)の不法な内容を含むもので然もそれが前提となつて契約の主要な要素である交換差額金の額が決定されたものであるから強行法規に反する不法契約として無効である。

四、そして本件交換契約が右の如く無効である以上別紙目録<省略>(一)(二)物件の所有権は債務者らに移転しておらず、右物件につき債務者らのためなされた所有権移転登記は法律上の原因を欠くことになるが、右登記は前述の如く不法な契約に基くものであるから債権者は民法七〇八条によつて右登記の抹消請求を許されないのではないかとの疑問もあるが(もつとも債務者らは本件交換契約は適法有効であると主張し不法原因給付の抗弁を提出していないが、債権者において自ら契約無効の理由として不法の原因を陳述している以上裁判所はこの点につき判断すべきものと解する)、民法七〇八条にいう不法とは現在の一般社会感覚から反道徳的な醜悪行為とみられる場合に限定され単なる強行法規違反の場合を含まないものと解するを相当とし、これを本件についてみるに本件交換契約の不法性はひつきよう所得税の逋脱という財政行政法規違反に過ぎないから、これをもつて当事者間の公平を無視して迄も返還請求を拒否すべき程の反道徳的な醜悪行為と迄は断定し難いので、債権者の返還請求即ち前記物件についての所有権移転登記の抹消請求を認容するのが相当と解する。

五、以上のとおりで債権者の主張する被保全権利はその余の点について判断する迄もなくその存在が疎明せられ、且つ保全の必要も一応認められるので、本件仮処分申請を認容した原決定は相当である。

よつて原決定を認可し、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

(別紙)

第一、債権者の主張

債権者は「本件仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、債権者は昭和四一年三月一六日債務者らとの間において、債権者所有の別紙目録(一)、(二)の物件と債務者ら所有の別紙目録(三)、(四)の物件につき要旨左の如き交換契約(以下本件交換契約という)をなした。

(1)  双方は各所有に係る右(一)、(二)の物件と(三)、(四)の物件とを交換し所有権を移転する。

(2)  債務者らは債権者に対し右交換差額金として三、二五〇万円を支払う。

(3)  債務者らは契約日に手付金五〇〇万円を支払い、右交換差額金の支払(手付金を内入充当した残金二、七五〇万円)と双方の所有権移転登記手続は昭和四一年四月二〇日に行う。

債権者は右約旨に従い債務者らのため右(一)、(二)の物件につき所有権移転登記手続を了した。

二、然しながら債権者は債務者らに対し次の理由によつて右所有権移転登記の抹消登記請求権(本件被保全権利)を有する。

(一) 詐欺による本件交換契約の取消

(1)  右(一)(二)の物件の時価は合計六、〇〇〇万円、(三)(四)の物件の時価は合計一、三〇〇万円でその差額は四、七〇〇万円である。然るに債権者が債務者らとの間に交換差額を時価より一、四五〇万円も安い、三、二五〇万円と定めたのは、右契約の締結にあたり債務者一雄より「右三、二五〇万円中二、〇〇〇万円は税務署に公表しない出所を隠した金(いわゆる裏金)を使い表向きの交換差額は一、二五〇万円として契約書を作成し、それだけ債権者にかかる譲渡所得税が安くなるよう計らうから、不満であろうが交換差額を三、二五〇万円にして欲しい。」との申入れがあつたので、債権者は右債務者一雄の言を信じて交換差額を三、二五〇万円とすることに同意し本件交換契約を締結したものである。

(2)  ところが債務者らは昭和四一年四月二〇日の登記手続および差額金の授受が済んだ後の同月二三日に至つて右差額金は一円たりとも裏金にすることはできないと通告してきた。そこで債権者は債務者らに対し差額金を増額するか交換契約を取止めにするかと責めたが何の回答もないので調査したところ、債務者らには裏金として使用し得る資金の余裕など全くなく、裏金使用の話は単に交換差額を時価より安くするための口実に過ぎなかつたことが判明した。

(3)  債権者としては右裏金の使用ができないとすれば(一)(二)の物件を時価よりも一、四五〇万円も安く譲渡する筈がなく、本件交換契約は債務者らの詐欺によつてなされたものであるから、本訴においてこれを取消す。

(二) 履行不能による契約解除

本件交換契約につき債務者らに欺罔の故意がなかつたとしても、前記の如く右契約は債務者らにおいて交換差額金中二、〇〇〇万円を裏金にて支払うことが重要な内容となつていたにも拘らず、債務者らは昭和四一年四月二三日債権者に対し右裏金使用の拒絶を表明し差額金の全額を銀行借入金によつて支払つた旨の帳簿処理をなし、契約の履行(即ち裏金使用)を不能にした。よつて債権者は本訴において契約を解除する。

(三) 錯誤による無効

本件交換契約は前記の如く裏金の使用が契約の要素たる交換差額金決定の条件となつており、もし債務者らにおいて右裏金使用の資金的余裕がないとすれば債権者としては(一)(二)の物件を時価よりはるかに安く譲渡する筈がないことは明らかで、本件交換契約は債権者の錯誤によつてなされたものであるから無効である。

(四) 不法契約として無効

本件交換契約は交換差額金中二、〇〇〇万円を裏金にて支払うという不法な内容を含むもので、然もこれが前提となつて契約が締結されたものであるから、強行法規違反(所得税法二三八条)として契約全体が無効である。

但し本件の如き税法上の過少申告、裏金使用は一般の取引上往々にみられる事例で「反道徳的な醜悪な行為としてひんしゆくすべき程の反社会性」をもつていないことは明らかであり、また本契約は前記の如く債務者らの甘言による詐欺行為によつてなされたものであるからその違法性は債務者の方が大であり、債権者は債務者らに対し(一)(二)の物件の返還請求権を有する。

三、以上のとおり債権者は債務者らに対し(一)、(二)の物件につき所有権移転登記の抹消登記請求権を有するのであるが、このまゝ放置しておくと債務者らは右物件を他に処分する虞があり、かくては後日勝訴の判決を得てもその実をあげることができないので、債権者は右物件につき処分禁止の仮処分を申請したもので、これを認容した本件仮処分決定は正当であるから認可の判決を求める。

第二、債務者らの主張

債務者らは「本件仮処分決定を取消す。本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決を求め次のとおり述べた。

一、申請理由第一項は認める。

二、同第二項は争う。

もつとも本件交換契約成立後債権者から譲渡所得税の軽減を計るため交換差額金を実際より一、〇〇〇万円程度低額にした契約書の作成即ち二重契約書の作成方を依頼されこれを承諾した事実はある、ところが債権者は昭和四一年四月二〇日債務者らにおいて交換差額金全額を支払い登記手続に着手したところ、交換差額金を一、二五〇万円とする契約書を作成するよう申入れてきたので債務者らは二、〇〇〇万円もの高額を隠匿することは程度を超すものと考え仲介業者も加つて激論を交えたが、結局債務者らは差額金全額の支払を終えていることでもあり多数関係者に迷惑がかかるのを慮り債権者のいうまま交換差額金を一、二五〇万円とする契約書に捺印して登記手続を完了したに過ぎず、本件交換契約の成立およびその履行につき債権者主張の如き事実は全くない。

第三、疎明関係<省略>

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